全米最大K-12(小〜高校)教育コンファレンスISTE 2016に参加
6月26日〜29日にコロラド州デンバーで開催されたInternational Society for Technology Educators conference (ISTE)コンファレンス に参加してきました。
ISTEは、教育テクノロジーに関するスタンダード制定やコンファレンス開催、先生達のトレーニングや横のつながりのコミュニティ場作りをしている団体です。
ISTEは年に一度、全米の各都市でコンファレンスを開催しています。
コンファレンスでは、主に小学校〜高校まで (K-12向け)の教育者、EdTech企業、教育プロフェッショナル達を参加対象としてます。
そこで、最先端教育テクノロジー動向、教育事例共有や教育者向けのトレーニングだけではなく横のつながりの情報交換の場を提供しています。
3月に開催されるオースティンのSXSWeduも教育テクノロジー祭典としては最大級ですが、(SXSWedu参加記事)ISTEは、参加者の小学校~高校の先生によりフォーカスし、参加者主体のセッションが多く、議論の内容も実際の授業の運営方法にフォーカスされているという印象を持ちました。
今回のISTEでは、全米、海外から合わせ1万6千人以上の参加者、企業は500社以上出展、セッションは4日間で1,000以上。この規模感と情報量の豊富さはK-12(小〜高校)教育業界世界最大級といっても過言ではないでしょう。
参加者は、関心のあるトピックに沿って、各個人でセッションやブース訪問のスケジュールを管理できます。参加者向けのモバイルアプリも用意されていて便利です。
しかし全て興味あるセッションを限られた時間で制覇するのは不可能で、私自身も分刻みで会場内をバタバタ移動する4日間でした。
アメリカ先生たちの力強い草の根活動とアメリカの教育現場のいま
この4日間で一番印象に残ったことは、何よりも、アメリカ全土から集まった先生達の草の根活動にかける情熱に圧倒され刺激を受けたことでした。そこでは、学校の先生達が自らのベストプラクティスを他の先生たちに共有する会が多く開催されていました。
EdTechツールやSTEM (サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、算数)教育やプログラミング教育といったまだ完全にはガイドラインや正解は出ていない、比較的新しい分野をどう教育現場に導入していくか、というトピックが多かったです。
先生ならではの視点で現場での苦労話などリアルな教育現場が垣間見れ、私自身にとって興味深い内容ばかりでした。
また、ISTEの参加者の大多数は全米各地の公立学校の学区や私立学校から代表として参加している先生たちです。学校内でのテクノロジーやサイエンス教科の担当や事務局員、テクノロジー教材の購買を管理する担当の方がメインで、年齢としては40代〜50代の先生たちの比率が多い印象を持ちました。
普段私はテクノロジー導入した事例が全米で最も盛んであると言われているカリフォルニア州シリコンバレーの地域を拠点に活動しているのでやはり偏った見方をしてしまいますが、このようなアメリカ全土を対象とした先生向けのコンファレンスに参加し、アメリカ全国レベルの教育現場でどういった議論がされているのか、ということがわかってきました。
今回私は日系企業現地特派員としてアメリカ市場をリサーチしている立場として、主にSTEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、算数)教育関連のトピックを中心に各セッションに参加してきました。
アメリカ教育現場のいま(特にSTEM教育分野)
そこで、アメリカ教育現場のいまを表すキーワードとして大まかに下記2つがわかってきました。
1) 2016年の今はEdTechツールも浸透していき、STEM教育は中間マジョリティ層へ広がっていくフェーズ。”STEM Learning for ALL”.
- 都市部だけでなく、全米の地域へ。
- 「田舎の中高年の先生も教えられるようにしましょう。」
- 一部のGifted(成績優秀な生徒)だけでなく生徒全員へ。
- 「女子やマイノリティもSTEM教育に触れさせる機会を。」

2) STEM教育に「実生活の問題解決の要素」を取り入れて生徒の学びの目的意識と継続を
- ツールの充実よりも授業中身の質を高めていきましょう。
- 実生活と結びつけた問題解決型授業、生徒と協働できるプロジェクトの導入など
- プログラミング/エンジニアリングは実生活あらゆる問題を解決するツールと教える
- 子どもたち(特に小・中学生)に実践を通して理解してもらう。テック系分野に関わらずあらゆる世の中の仕組みにSTEMは応用できることを理解してもらう。
- 個人それぞれのペースで、目的をもって取り組めるようサポート
- それぞれ学び方は違う。生徒に合ったメンタリングを。
4日間で見てきたハイライトしたいところを下記にシェアしたいと思います。
<オープニング基調講演 Michio Kaku氏>

物理学者でありFuturistとして著名なMichio Kaku氏による基調講演。テーマは、”The Internet Will Be Everywhere and Nowhere” . 今から50年後、テクノロジーは人間の生活と社会のあらゆる側面を一変させているだろう。主に、この50年間で起こる進化は、1) 情報のデジタル化、2) Machine Learning (機械学習、人間の学習能力と同様の機能をコンピュータで実現しようとする技術)、3) 医療分野で起こっていく。
1)情報のデジタル化では、あらゆる日常のものがデータ化される。例えば、衣服、乗り物、薬、さらにはトイレまでもがデータを集め、人間に共有され、自動でその人の体調状態など分析される。スマートコンタクトレンズをしてまばたきするだけで情報を読み取れてしまうようになるかもしれない。
2) Machine Learning では、技術の進化を結びつき、今人類が必要とされているタスクのある部分をコンピューターが担っていくこと。”Robo-Doc (ロボットドクター) ”が体をスキャンしてクイック診断をしたり、”Robo-lawyers (ロボット弁護士)” もクイック診断をクライアントに提供できることになるかもしれない。
3) 医療分野では、3Dプリンター臓器を作り出したり、オペをする医者要らずの手術マシーンが進化するかもしれない。加えて、どれだけ脳科学もさらに進化していくこと。
最後に、Kaku氏は今の世の中から激変する50年後の未来の世界に生きていく子どもたちを育てていく立場である教育者へのメッセージとして「50年後でも存在する職業に就けるような育成をしていくこと」 を提案しました。
将来のJob Marketは特にParalegal (弁護士のアシスタント業務)のような中間層の仕事は徐々に無くなり変化していく。Kaku氏は暗記中心の授業スタイルから、「コンセプトや原理を考えさせること」 に重きを置くべきと提案します。自動化に置き換えられない職業は、よりクリエイティビティさや経験が必要とされていくからです。
また、MOOCsや学習コンテンツが普及し、誰でもどこでも学べる世の中になっていく上で、メンターの存在、他の生徒との恊働は常に必要となってくること。特に先生は「生徒のメンター」としての役割に変化すべきだ、と強調し講演を締めくくりました。
<ポスターセッション>
ポスターセッションは特に先生の草の根活動が活発な場でした。
全米にある学校の団体から、自らのベストプラクティスを紹介していくブースです。毎回テーマが決められ、テーブルに各団体(主に先生自ら)が展示をし直接訪問者に対して説明をしたり相互にやりとりする場です。
下記の教育テーマのセッションなどがあり、全米各地(メキシコなど海外からの出展もあり)から毎テーマざっと40団体ほど出展がありました。
Global教育 / STEM教育 / Project (Problem) based learning (プロジェクト主体型授業、問題型ベース授業) / Digital Literacy など

ポスターセッション全体を通して、新しい分野の教育テーマについて、現場で試行錯誤をしながら成功や失敗談がフランクな形でシェアされているのを見てきました。
訪問者との垣根は低く関心の内容が似ていたら、コラボレーションしましょうか、という話がどんどん進んでいました。実際に私もここに出ていたいくつか学校/アフタースクールの団体さんと連絡先を交換し情報交換をさせていただいています。
下記、全体を通したポスターセッションで、印象を受けたトレンドの傾向です。
- 問題解決 × STEM教育
STEM教育を実生活の問題解決と結びつけて学ぶ教育事例が多く出展されていました。生徒に身近な問題を考えさせ解決に導く過程で、ツールとして電子工作やプログラミングを取り入れて学んでいくというアプローチをとります。

例えば、下の動画のように、身近な困った人のために役に立つものをつくるプロジェクトを中学生が行う事例が紹介されています。(生徒のユーモアに溢れた動画でとっても可愛いです。)
- 目が見えない人のために箱の自動Opener
- Arduino(電子回路)でつくったロッカーのOpener
- LittleBits (電子工作キット)でつくった耳が聞こえない人向けのドアベル通知器
実生活の中にある問題と絡ませて問題意識を持たせると、学びの吸収の質や継続の姿勢も変わってくること。また他の生徒とコラボレートし、サポートし合いながらグループで取り組むことも重要な要素と言われていました。
- Computational thinking(コンピューター思考力)の習得サポート
Codingを暗記するだけでなく、プログラミング学習の上でコアとなってくるコンピューター思考力をビジュアル、手を実際に動かすことで習得をサポートするツールなども登場してきました。

アメリカ国内でも日本で議論がされているように思考力の重要性が指摘されています。CSTA (Computer Science Teacher’s Association)でもComputational thinkingのカリキュラムやガイドラインが制定されています。今回のポスターセッションではComputational thinkingの習得をサポートする団体も多く出展していました。
- 女子 × STEM教育
女子生徒がSTEM分野で活躍しているベストプラクティスも多く共有されていました。人口の半分を占める女性のSTEM系職種に就く比率が低くSTEM領域におけるジェンダーギャップは問題となっており、女子生徒をSTEM分野に関心を持たせる、ということは教育テーマで重要な位置を占めます。

ファシリテーターである先生に、女子をもっとSTEMに巻き込むコツは?と直接質問したところ、
- 生徒の性別だけで偏見を持たず個人の関心を伸ばしてあげる努力をしているとのこと。
- Techのスキルを持って活躍している大人の女性ロールモデルをゲストに呼んでテクノロジーのスキルが将来の職業へつながるイメージを持たせる
- 女子が興味を持ちやすい、裁縫や編み物をとっかかりとしSTEAM教育へ発展させることもやっていきたいとのこと。
<Playground>
PlaygroundはRoboticsやMakerなどを実際にハンズオンなデモを行い実際の手で試せる場です。地域コミュニティの教室が生徒にどういったワークショップを展開しているのか、実際にそこに通っている生徒たちもブースに立ち、参加者へ紹介していたことが頼もしかったです。


その他ロボットレースのデモなども賑わっていました。
<先生による先生のためのレクチャー>
こちらのセッションは、先生が先生のために情報共有をする講義の形式をとります。活発に質問も飛び交いインタラクティブで有意義でした。下記、特に最も印象に残ったレクチャーです。
- 「Making STEM real difference」Chris Craft氏(サウスカロライナ州の教育者、研究者)
テーマは、「STEM教育を本当に効果ある授業にするには?」という題でのレクチャーでした。Chris氏は数々のAwardを取得しテクノロジーを活用したイノベーティブな教育を行っていることで全米レベルでも影響力のある先生です。
Chris氏は、冒頭をこのようにスタートします。
STEM教育はアメリカ教育現場の中でも重要性の認知もされてきて、たくさんの学区や学校がSTEM教育を行うために必要なツール(タブレットやプログラミングロボット、電子工作キットや3Dプリンターなど)を購入して導入する学校が増えてきている。Maker Space(メイカースペース:電子工作やモノ作り専用の部屋。生徒が自由に工作に励める場)を設置する学校も増えてきている。(当日会場内の3〜4割ほどの先生が自分の学校にMaker Spaceがあると回答。)
しかし、徐々にSTEM教育を行うためのツールやハード面での環境は学校で整ってきているものの、それを実際に活用されているところはまだ少ない。3D プリンターを導入したものの、使う目的がしっかりしていなかったら使われないままになってしまう。
Chris氏の教育ポリシーとして、子供たちに「将来何になりたいの?」と聞くのではなく、「将来あなたはどんな問題を解決したいの?」と問いかけていくことをモットーとしているということです。(Google Chief Education エバンジェリストのJaime Casap氏も同様に主張と言及。)何になりたいの?と問いかける時点で子どもは自立性を失ってしまう。どこに問題があってどう解決したいのか、自立的に考えられる子どもを育成していきたい。
そこで授業をProblem-based(問題解決型)のスタイルを導入しているとのことです。
子どもは、自分のためだけでなく、「人のために考え」役立とうとすることで圧倒的にSTEMの学びの質に変化がでるということが彼の教師経験から出てきた事実とのことです。そこで実生活やSocial Justice(社会貢献)に役立つ解決策に取り組むプロジェクトを生徒主体で発足させています。
いくつかChris氏から生徒のプロジェクトの紹介がされました。
その中で最もアクティブなプロジェクトが、「Prosthetic Kids Hand Challenge」(義手をつくるチャレンジ)です。
プロジェクトURL: http://www.handchallenge.com/
もともとは、女子生徒の友達グループが左手に障害を持った友達が教科書を持てるようにするため、3Dプリンターで義手をつくったことから始まりました。
2015年10月、これをさらに世界にいる手の不自由な子どもに義手を届けるプロジェクトとして公募の制作を開始しました。このページで義手の作り方をレクチャーし、各クラスで制作を募集しています。現在では200以上のクラス、21カ国から参加があるとのことです。
MicrosoftやNASAなど企業のスポンサーも受け、より広い地域のレベルで参加ができるようになっています。日本からも参加者がいるとのことです。
このプロジェクトを通して、義手を受け取り喜ぶ子どもも増え、学校内クラスで3Dプリンターを活用することに大きな目的を見出せ生徒が主体的にモノ作りに励む学校も出てくるとの双方で良い効果が生まれます。
最後にChris氏はこのHand Challengeの参加を会場で呼びかけると、当日の会場内の参加者からたくさんのポジティブな感想がシェアされていました。
「Makerspaceを導入して3Dプリンターも学校で購入したけれども、活用方法がわからなくて困っていた。でもこのイニシアティブがあったら、生徒と一緒にすぐこれに取り組めて目的意識ができる。」とコメントした参加者の先生もいました。
日本からも参加ができるのでご興味ある団体はSign upいただけたらと思います。
URL: http://www.handchallenge.com/
<Expo 企業ブース>
Microsoft, Googleなどの大企業から、EdTech企業やNPOなど様々な団体が新しい教育テクノロジーサービスやプロダクトを展示しました。
特に、今回のISTE開催に合わせて大手各社EdTech商品リリースのアナウンスで賑わっていました。
- Google blok project https://projectbloks.withgoogle.com/
- Google VR教育Expeditionコンテンツ https://www.google.com/edu/expeditions/#about
- Amazon inspire (AmazonのOpen Educational Resource) https://www.amazoninspire.com/access
※商品情報については次以降の記事でご紹介したいと思います。
<最後に>
「いま」ではまだなかなか難しいかもしれませんが、
長期的には、Michio Kaku氏の基調講演であったように先生の役割は「メンター」として生徒個人の問題解決の学びをサポートし、クリエイティビティを引き出すことが求められていく。
アメリカの教育現場のいまはそこにTransform(変化し対応していく)する方向へ動いていこうとしているのだな、とみえてきました。
従来型の指導方法に慣れていたであろう40~50代の年齢の先生たちが、未来を見据えて積極的に新しい教育アプローチ方法を取り入れようと努力する姿勢がありました。まだ正解はわからないけれども、教育現場で試行錯誤をし新しい形を模索していく、力強い草の根活動が展開されています。
そして、一緒にチャレンジをする先生同士の横のつながりの結束もとても強いことがわかりました。良いアイディアを持っている者同士だったら、一緒にコラボレーションしてみようか、という話がどんどん起こっていました。今回ISTEに参加できなかった先生同士でもTwitter チャットで#NotAtISTE16 のハッシュタグを通じて、情報交換をしていくプラットフォームができていたことも驚きでした。
試行錯誤を通し、一緒にチャレンジする者同士Peer-to-peerのつながりを強固にする。
ISTEにはアメリカならではの新しいチャレンジを行いチャレンジする人を応援する仕組み作りのエッセンスが盛り込まれている、と思えてなりませんでした。